5月1日。
五月に突入しました。本日タイは祭日です。何の日かは知りません。
紀貫之「土佐日記」土佐に島流しにあった高貴なお方。
ヌルピョン「バンコク日記」バンコクに島流しにあったド庶民。
が、しかし万事休すの大勢からのし上がっていく様を綴った痛快絵本絵巻。
今週末のG1競走は、NHKマイルカップ。本命不在の大混戦レース。
香港遠征エイシンフラッシュ、惜しい3着。
我が厩舎も今日からレースにエントリーしておりますが、レース直前の出走取り消しだけは、
「やめてや~。」
である。
まるまる1ヶ月、放牧されたのであるから、
「おねがいしますよ~。」
である。
この放牧期間中も騎手からの打診は有りました。
もちろん調教師と言えども、打診は僕に直接来ないです。
この辺がJRAとかとは違うところです。
さて、うちの看板馬「メジロドーベル」レースが近づいて来ていることがわかるんでしょうねぇ~。
気合が乗って来て、5月1日の日に変わった途端、夜中にも関わらず馬房から出せと言わんばかりに、いななくので、仕方なしに夜中、解き放ちました。その疾走するお姿は、なんとも頼もしいですね~。
さすがオープン馬、足の運びが違いますし、なんといっても、その乗り味が、ディープインパクトじゃないが、背中が柔らかいのである。
伊達にG1は勝てませんからね。
15歳で直線一気の追い込みで、並み居る古馬を打ち破り、そこそこ大きな一戸建ての家を建てさせたのであるから、たいしたものである。
で、夜中疾走して馬具を揃えるというのだから、いかにバンコクと言う街が、気が狂てるかと言うことです。
夜中でもシャドーロールからバンテージ、メンコ、ハミ、ブリンカー、エクステ、ネイルまで揃うのである。
こういった、でたらめさが日本にも欲しいところである。
結局、バンコク日本人社会も、でたらめさは見受けられない。
その部分を引き受けるのが、僕なのであろう。
使命が、これで出来ました。
そんなことより、ドーベルここまで順調に機嫌よく来ているので、これが明晩まで続くことをあとは祈るばかりである。
それから日本はゴールデンウィークなので、人気騎手から地元騎手、新人騎手に、カワイイ初騎乗騎手もいるので、僕はレース後のインタビューが楽しみである。
吼えろ、ドーベル!噛みに行っちゃ~だめだよ。
5月1日夕方、自宅近くのファッションモールで、ドーベルと日本料理を食べる姿は、いわゆる残念なお姿を世間に晒すので、あまり行きたくないが、食後右、左に別れて僕は厩舎に、ドーベルは競馬場に出向くので、最後の詰めの部分、ドーベルの機嫌を損ねない行動こそが大切である。僕の世間体など、どうでもいい。
さあて、大詰めまで来たのである。
もう一息。
ウ~ン、
送り出しました。
空中列車に乗り込んだ。
僕の調教師としてのお仕事は、ここまで。
無事終了。
ここまで、持って行くまで少々苦心しました。
また外国競馬に挑戦する。とか宣言したりしてね。
調教でも暴走したり、急に立ち止まったり、まあ、なんとかギリギリ春競馬に間に合いましたよ。
お疲れさま。
僕は厩舎に戻って、新しいことにチャレンジ開始。
そう英語の勉強です。戦争に負けた国の言葉、勉強するのは癪だが、そんなこと言ってられませんからね。
タイ語の勉強も引き続き行いますが、やっぱりローカルな言葉だし、住んで行くわけだから自然とゆっくりながらも覚えていくでしょう。厩舎や牧場では、タイ語なのですから。
バンコクは国際都市なので英語が出来れば、この上なく便利かつ、益々僕自身重宝される。
と言うか、重宝されたいので取り組んで行くのです。
大活躍したいので。
仮に英語が出来るようになったら、この僕が、そこそこ語学出来る人になるのである。
タイ語、ハングル語、英語、そして不滅の日本語。
漢字言葉を漢字を生んだ中国に輸出したトリプルAの出来栄え、日本語。
西洋言葉も全部、自国語に置き換えた国など世界広しといえど、我が国だけである。
くやしいが、DUO3.0をフル活用して、英語を地道に勉強して行きます。
こちらタイのヘビは年がら年中暑いので、冬眠出来ないせいか、共食いならぬ、自分食いをしてしまいます。
どこまでのん気なのだろう。
ヘビもこの調子ですからねぇ~。